2007/06/02 第11号 日本人と英語
今日は、日本での英語の教育について書いてみます。
先日、ミスユニバースに選ばれたのは、日本代表の森理世(りよ)さん。
美しさだけでなく知性も問われるということで、さすがに英語は発音も美しく・・・
こういった方は、留学もされていたようですし、先生によると、自分を表現する力があったということで、昔からやっぱり違うんだなと思いました。
日本人でも訓練次第で、ネイティブ並の発音が可能なんだと改めて感じましたが、そこまで自分が行くにはかなり大変だなと、めまいもしました。笑
そしてもう一つ、1ヶ月ぐらい前ですが、日本に嫁いでいる外国人嫁のお話で、英語しかつかっちゃいけないプレスクールを開いている様子を拝見しましたが、英語を話せるのはよいけれど、これでいいのか・・・
って印象も受けました。
変な意味ではなく、外国で暮らしている私にとって、日本人ってある意味、英語コンプレックスがあると思うんです。
英語ができるだけで「すごいねーー」とか。
英語ができるようにならないといけないとか。
英語圏の外国人は尊敬の的だったり・・・
でも、それって違うじゃん!
うちの息子が通う保育園でも、月に1回、外国人の先生が来ますけど、私にしてみたら「日本に来て、自分の国の言葉をしゃべっているだけで、金なんかもらうな!」ってふうに思ってしまいます。(ひねくれ?笑)
今までも、このメルマガでもお伝えしたかもしれませんが、何を言いたいのかというと、英語というのは、あくまでも手段なんです。
だから英語が出来るとえらいとかじゃなくて、自分の達成したい目的のために英語が必要なら勉強すべきだし、自分の目的達成のために、英語が必要でなければ英語が話せなくても別に「学がない」わけじゃない。
小さいころから確かに英語を話せるといいのかもしれませんが、得てしてそういう子どもは英語が話せない子供達に対して優越感をもちはしないかと。
そして小さいころ、英語漬けで育つより先に、何かもっとやらなければならないことがあるのではないかと。
実際、その英語保育園を運営するお嫁さんのだんなさんのお母さん(つまりおばあちゃん)は「孫と話がしたい」と思っていても、孫は英語しか話さないので、ほとんど会話が出来ないみたいです。
究極的には、子どもやみんなが人間的に成長し、幸せになれることが人生の目的ではないかと私は考えますので、いろんな可能性を引き出すためにいろんなことを勉強させるのは良いと思いますが、このおばあちゃん、ちょっとかわいそうだなって思いました。
皆さんはどう思いますか?
協力 東京教育研究会